2008-3-15  国民融合通信
2008-3-15  国民融合通信 
ヤマト八イミール」問題にかかわる 裁判の経過と、判決に至るまで
  取り組みによって得た教訓について
「20億の不正融資を追及する会」事務局 東 信治
 2003年度の国民融合全国会議交流集会が、10月4日奈良県橿原市内にて開催されました。そこで県会議員の今井さんがヤマトハイミール問題について報告しています。
 その際全国会議の名において、「20億円の不正融資にかかわる裁判の公正判決を求める要請書」が採択され、奈良地方裁判所に提出するということが行われました。(別掲資料参照)  ヤマトハイミール問題については、すでに報告されていますように、私たちは’02年に損害金2億6000万円の損失補償を求める行政訴訟を起こしたのですが、その判決が07年3月奈良地方裁判所で出されました。それは、県が貸付金の回収を放置し続けた違法性を認め、ヤマトハイミールに対して、違約金3億1600万円余を支払うよう命じるものでした。(本誌07年5月号参照)
 私たちは、「20億円の不正融資を追及する会」を結成して、行政訴訟を始めました。
 私は民商で仕事をしていたのですが、この訴訟の事務局を引き受けました。
 会員180人ではじまったわけですが、この20億円を県民の数で割ると2200円になるというようなわけで、会費を1300円にし、署名活動に取り組みました。
 また、会員さんにはこユースをとどけ、公判への参加を要請したり、毎年一回総会を持って経過の報告をするなどをやってきました。すでに四年経過しました。
 昨年の11月が最終弁論だったのですが、いろいろな取り組みを通じ県民の関心も高まり、マスコミも報道するようになりました。
 最終弁論を迎えて、弁護士さんに、この裁判に勝つにはどうしたらいいのやろうか。これまでも裁判所への要請署名などもやってきていたのですが、一番効果があるのは何かと聞いたところ、裁判所でビラを撒け、といわれまして、毎週水曜日に (この日は裁判長が来る日ということなので)朝八時十五分ころからビラを撒きました。
 それをまとめたものが、お手元の 『奈良県の20億不正融資を追及』と題するパンフレットです。裁判長が判決を書くのが一月下旬ころと言うので、そのころにはパンフレットを配布しました。隣が県庁ですから、そこでも配りました。(付記) (1) 参照。
 ちょうどテレビ等で、大阪などの同和問題が報道され、また、奈良の20億円の問題もテレビで放映されるということがあり、市民に関心をもたれるようになって行ったと思います。こうして判決が出ました。
 判決が出た日(3月22日) は、ちょうど知事選挙の告示日でした。
 私たちは、柿本知事を相手に裁判をしていました。(しかしその柿本知事は途中で知事の椅子を投げだしたのです。)
 私たちは、「20億円の会」を含めて「あったか県政をつくる会」をつくり、西ふみ子さんを候補に立てて闘っていました。
 こういう情勢の中でしたから、県民からたいへん大きな支持を得ることができました。
 県会議員の選挙についても、今井さんは前回ギリギリの当選でしたが、今回は上位当選をはたしました。議席も3から5議席に躍進しました。
 その後のことですが、5月にヤマトハイミールは倒産しました。不渡手形を出しての倒産でした。
 その後大阪高裁の裁判が始まりました。県のほうは、これでもう取り下げるかという部分もあったようですが、奈良地裁で県の責任を認めたということについて県は反論していると言うことで、我々も裁判を闘うことにしました。
 われわれは、知事や商工部長などの責任を追及するという立場であり、20億円の返済義務をはたさないまま倒産したハイミールが、ついこの間まで営業していたという事実も明らかになってきました。
 ところで、奈良地裁の判決ですが、弁護士さんの考えでは、一部勝訴ということでした。
 住民訴訟で闘うことの重要さを改めて確認しました。
行政の問題については、行政当局と交渉したりして解決することでもあるわけですが、問題によっては裁判できっちり貴任を明確にさせる必要もあると思います。
 今日は県会議員の今井さんが報告するべきところですが、所用のため来ることができませんでしたので代わって報告させていただきました。

報告に対する質疑
(質問) 奈良に対して − 奈良の問題は、大阪や京都、徳島にも飛び火しています。食肉にかかる問題ですから関連があると思うのです。なにか分ってきたことがあれば教えて欲しい。食肉の残漬の処理は奈良でなければできないのかどうか。
他にも回されているように思う。ハンナンなどとの関わりも知りたいと思います。
 もう一つは、20億円を返せと言う運動をやられたわけですが、2003年の交流集会の時には、そんなに大きな運動に発展するとは思わなかった。
 それが、どのようにして大きく発展したのか、その辺りのことをもっと聞きたいと思います。


(奈良) 1970年代に、奈良県で屠畜場の建設に伴い、これが聾学校のとなりにできるということ等から、大きな住民による反対運動が起されました。
 このとき、食肉残漬の処理施設を、この屠畜場にあわせて造るべきものをつくらず、後にヤマトハイミールという事業所を別に作っています。しかし、それほビ多く処理をするほどの残漬があるわけでもありません。したがって、事業として成り立たないというところから、今回の問題が出てきています。
 そこで問題を裁判で解決しようと言うことになりました。県会議員の今井さんが、データを集め、毎回議会で質問を繰り返し、それによって少しずつ資料も出されるようになり、また食肉関係の情報も入ってくることになりました。この事件は、
 そういう形ですすむなかで内部告発もあったりして情報がさらに集まるようになり、それが県を動かしていき、県民の関心が高まってきたと思います。
 こういう不当な融資の問題や、また返済できないまま事業所が倒産するということは全国的に見られるのと、あらたにBSE対策というようなことで、また助成金が出されるといった問題が出てきました。今日では、消費者もこういう食肉関係の問題には関心を持つようになり、私たちの裁判闘争の運動も、こういう世論の広がりのなかで成果を上げることができたと思います。